大峯山――女人禁制が今も続く修験道の聖地
役行者が開いた修験道の根本道場。1,300年の伝統を守り続ける女人禁制の山。
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日本で唯一、今も女性が立ち入ることのできない山がある。
奈良県吉野郡天川村、山上ヶ岳(1,719m)。修験道の開祖・役行者が7世紀末に開いたとされるこの山は、1,300年以上にわたって女人禁制を守り続けている。世界遺産に登録され、国立公園内の道が通り、解禁を求める署名が1万2千筆集まっても、その結界門は今日も閉ざされたままだ。
なぜ女性は入れないのか。そしてなぜ今もその伝統は続くのか。
役行者とは何者か
飛鳥時代末期、大和国葛城山の麓に生まれた役行者(役小角、えんのおづぬとも呼ばれる)は、幼少の頃から山に入り修行を積み、やがて人並み外れた霊力を持つと噂されるようになった。
伝説によれば、役行者は空を飛び、鬼神を使役し、呪術で病を癒したとされる。その力を恐れた朝廷は699年、役行者を伊豆大島へ流罪にした。しかし夜ごと海を渡って富士山で修行を続けたという伝説が残るほど、その存在は神格化されていった。
流罪が赦免された後、役行者が向かったのは大和の奥深く、大峰山系の山々だった。吉野山から熊野三山に至る険しい峰々を踏破し、修行の場を開いていった。これが後に「大峯奥駈道」と呼ばれる修験道の根本となる。
蔵王権現の感得
大峰山の山上ヶ岳に入った役行者は、山頂近くで深い瞑想に沈んだ。そこで感得したのが「金剛蔵王大権現」だ。
蔵王権現とは、釈迦・千手観音・弥勒菩薩の三仏が合体した、修験道独自の本尊だ。青みがかった肌に炎を背負い、岩の上に片足で立つその姿は、仏でも神でもない、山岳信仰と仏教が混ざり合って生まれた独特の存在だ。役行者は桜の木にその姿を刻み、山上に堂を建てて祀った。これが今も山頂近くに立つ大峯山寺の起源とされている。
のちに奈良時代の名僧・行基が大改築を行い、9世紀末には真言宗の聖宝(理源大師)によって再興された。10世紀以降は皇族・貴族の参詣が相次ぎ、1007年には藤原道長自らが山頂に経典を埋納した記録も残っている。大峯山は日本最高の霊場として広く知られるようになっていく。
女人禁制の起源――母との約束
なぜ女性は入れないのか。その起源には、役行者と母の物語が伝わっている。
役行者の母・白専女(しらとうめ)は、山で修行する息子を案じ、洞川の蛇ノ谷まで会いに来た。しかし山に入ろうとしたとき、大蛇が行く手を阻んだ。
役行者は言った。大峯の修行は命がけだ。母を危険にさらすわけにはいかない。そう考えた役行者は母のために洞川に庵(現在の母公堂)を建てて住まわせ、「後をついてこないように」と女人禁止の結界門を設けた。
西の覗き――死んで生まれ変わる荒行
大峯山で最も知られる修行場が「西の覗き」だ。
山頂近くの断崖絶壁から、修行者は逆さに吊り下げられる。眼下は数百メートルの断崖。先達に問われる。「親を大切にしているか」「嘘をついていないか」。答えを誤ると、さらに深く突き出される。
これは「擬死再生」と呼ばれる修験道の儀式だ。一度死を疑似体験し、新たな自分として生まれ変わることを目的とする。現代でも修験道体験ツアーとして男性であれば一般参加が可能で、体験者からは「恐怖よりも、風が通り過ぎるような清々しさが残った」という感想が多く聞かれる。
鎖場をよじ登り、岩壁に張り付きながら進む登山道の随所に、こうした行場が点在している。山そのものが巨大な修行場なのだ。
大峯奥駈道――吉野から熊野へ80km
大峰山の本当の姿を理解するには、山上ヶ岳だけを見ていては不十分だ。
吉野山から山上ヶ岳を経て熊野三山に至る約80kmの縦走路、「大峯奥駈道」。標高1,000〜1,900mの険しい峰々を連続して踏破するこの道は、修験者が「奥駈」と呼ぶ最高位の修行の場だ。道沿いには75の「靡(なびき)」と呼ばれる行場が点在し、神仏が宿るとされる岩・峰・滝のひとつひとつで祈りを捧げながら進む。
役行者が8世紀初頭に開いたとされるこの道は、2004年にユネスコ世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部として登録された。熊野古道の中でも最も険しいルートであり、完全踏破には通常10日程度かかる。今も修験者たちが白い衣装と法螺貝を携えて歩き続けている。
1999年には僧侶の塩沼亮潤が「大峰千日回峰行」を達成した。吉野・金峯山寺蔵王堂から山上ヶ岳頂上の大峯山寺本堂まで、往復48km・高低差1,355mの山道を1,000日間歩き続ける修行だ。大峰山1,300年の歴史でこれを達成したのは2人のみとされている。
女人禁制論争――1,300年目の岐路
1997年、修験道三本山と護持院が公式の場でこう宣言した。「2000年を機に女人禁制を解禁する」。
男女共同参画社会基本法の成立を背景に、世界に開かれた山へと転換しようとする動きだった。しかし今度は信徒側が猛反対した。地元の講組織や行者たちが「1,300年の伝統を壊すな」と声を上げ、解禁計画は頓挫した。
2003年には廃止を求める署名活動が起こり、12,234筆の署名が内閣に提出された。2004年の世界遺産登録の際も女人禁制は問題視されたが、結果として女人禁制のまま登録された。
現代の大峰山へ――アクセスと登山
登山口とルート
山上ヶ岳への登山口は奈良県天川村の大峯大橋(清浄大橋)だ。橋のたもとに女人結界門があり、ここから先は男性のみ入山できる。山頂の大峯山寺まで片道約3時間、距離約6km。整備された登山道だが、陀羅尼助茶屋の先からは急な階段や鎖場が出てくる。
道中には「洞辻茶屋」「一本松茶屋」など3か所の茶屋があり、シーズン中は軽食やドリンクも販売している。途中に「お助け水」と呼ばれる水場があり、この辺りの水は「ごろごろ水」として名水百選にも選ばれている。
山小屋・宿泊
山頂直下には大峯山寺を管理する5つの護持院の宿坊がある。本来は信者のための施設だが、一般登山者(男性のみ)も山小屋代わりに宿泊可能だ。食事は精進料理。開山期間は毎年5月3日(戸開式)から9月23日(戸閉式)まで。それ以外の期間は山頂の大峯山寺と宿坊は閉まっている。
女性が登れる大峰山――稲村ヶ岳と八経ヶ岳
女性は山上ヶ岳には入れないが、隣の稲村ヶ岳(1,726m)は1960年から女性に開放されており「女人大峯」とも呼ばれる。また日本百名山の「大峰山」の正式な頂上は八経ヶ岳(1,915m・近畿最高峰)であり、こちらは女性も登ることができる。
アクセスと下山後の温泉
アクセスは近鉄下市口駅からバスで約78分(洞川温泉行き)。マイカーの場合は洞川温泉の駐車場に停め、大峯大橋まで徒歩約40分が一般的だ。
下山後は洞川温泉がおすすめだ。名水百選「ごろごろ水」で知られるこの温泉地は、山伏宿が立ち並ぶ独特の景観を持つ。陀羅尼助という伝統的な胃腸薬の産地でもあり、土産物屋が並ぶ温泉街の風情は他にはない。
