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白山開山伝説――泰澄大師と神の山

越前の僧・泰澄が白山に登り菊理媛姫を感得したとされる開山伝説。

白山(御前峰)

白山(御前峰)/ Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0

標高
2,702m(御前峰)
開山
717年(養老元年)
分類
日本三霊山・日本百名山
白山神社
全国2,700社以上

富士山、立山、白山。日本三霊山と呼ばれる三つの山がある。

その中で最も早く人間が山頂に立ったのは白山だった。717年、奈良時代。富士山に史実上の初登頂者が現れるより400年以上前のことだ。一人の修験僧が二人の弟子を連れ、十泊以上かけてその頂に立った。泰澄、35歳。夢の中で女神に呼ばれ、九頭竜と対峙し、十一面観音を感得した男の話だ。今も全国2,700社以上に広がる白山信仰は、この一人の僧から始まった。

神童の誕生

682年、越前国麻生津(現在の福井市南部)。豪族の次男として生まれた子どもは、幼い頃から泥で仏像を作って遊んでいた。周囲は神童と呼んだ。

14歳で出家し、法澄と名乗った。越知山に入り、十一面観音を念じながら修行を積んだ。やがてその名は奈良の都にも届き、702年には文武天皇から鎮護国家の法師に任じられるほどになった。

しかし泰澄がいつも仰ぎ見ていたのは、都の権力でも名声でもなかった。越前の山々の向こうにそびえる、白く輝く山だった。あの山に登りたい。山頂に鎮まる神に会いたい。その思いが、修行の日々の底に静かに流れていた。

のお告げ

36歳のある夜、泰澄は夢を見た。

白山山頂に住む白山妙理大菩薩が、貴女の姿で現れた。「登って来なさい」。それだけを告げて、消えた。

目が覚めた泰澄の決意は固まっていた。翌養老元年(717年)、二人の弟子――浄定行者と伏行者――を連れ、白山へと向かった。当時、白山は人が踏み込んではならない神の領域とされていた。登拝など、考えも及ばないことだった。

しかし夢の中の女神に呼ばれた男は、歩みを止めなかった。越知山から白山への道のりを、十泊以上かけてたどり着いた。

九頭竜との対峙

山頂直下、翠ヶ池のほとりで祈念していた泰澄の前に、池の中から巨大な竜が姿を現した。九つの頭を持つ九頭竜だった。

普通の人間なら逃げ出す光景だ。しかし泰澄は動じなかった。「これは真の姿ではない」と心の中で念じ続けた。すると九頭竜は姿を消し、代わりに十一面観音が現れた。

泰澄はその瞬間を悟った。白山の神は水から生まれた竜神であり、その本地は十一面観音である。水の神と仏を同一のものとみなすこの感得は、後に「神仏習合」の先駆的な事例として語り継がれることになる。

泰澄はその場で十一面観音像を手ずから彫り、山頂に祀った。これが白山信仰の原点だ。後に白山の祭神は菊理媛神(くくりひめのかみ)とも同一視されるようになり、今も全国の白山神社でその名が祀られている。

白山信仰の広がり

白山を開いた泰澄は、その後も活動を続けた。737年に流行した疱瘡の収束を祈願し、朝廷から正一位大僧正位を賜った。名を法澄から泰澄に改めたのもこの頃とされる。767年、86歳で越知山麓にて大往生を遂げた。

泰澄が開いた白山への道は、やがて三方から整備されていく。832年、越前(福井)・加賀(石川)・美濃(岐阜)の三方から白山山頂に至る禅定道が開かれた。それぞれの登り口には拠点となる社が置かれ――越前には平泉寺白山神社、加賀には白山比咩神社、美濃には長滝白山神社――白山信仰は北陸・東海から全国へと広がっていった。

今も全国に2,700社以上ある白山神社のすべての源流は、717年のあの夜、夢の中で女神に呼ばれた一人の僧にある。

現代の白山へ――ルート・見どころ・山小屋

標高2,702m。石川・岐阜県境にそびえる白山は、日本百名山であり「花の百名山」でもある。夏には白山の名を冠した固有の高山植物が咲き乱れ、山頂からは北アルプスの主要な峰々を一望できる。1,300年前に泰澄が開いたその山は、今も年間数万人の登山者を迎え入れている。

2つのメインルート

別当出合(標高1,260m)を起点とするルートが最も一般的だ。ここから山頂まで2つの道がある。

「砂防新道」は初心者から上級者まで幅広く利用されるメインルート。もともと砂防ダム工事の作業道として整備されたことからこの名がついた。途中に中飯場・甚之助避難小屋の2か所でトイレと水場が使え、コースタイムは登り約4時間。道中の見どころは「黒ボコ岩」だ。火砕流によって山頂から運ばれてきた巨大な火山弾で、黒く重厚なその岩は白山が今も活火山であることを静かに語りかけてくる。黒ボコ岩を越えると視界が一気に開け、弥陀ヶ原の木道へと続く。

「観光新道」は砂防新道より花が多く、尾根を歩く開放感が魅力の健脚者向けルート。ただし急登が多く日差しを遮る樹林も少ないため、夏場は水を多めに持参したい。コースタイムは登り約5時間。人が少なく静かな山歩きを楽しみたい人に向いている。

弥陀ヶ原と高山植物

黒ボコ岩から室堂にかけて広がる弥陀ヶ原は、白山随一の高山植物の宝庫だ。ハクサンコザクラ、ハクサンフウロ、クロユリ、コイワカガミ――白山の名がつく植物だけで18種を数える。7〜8月の最盛期には一面の花畑が広がり、「花の百名山」の名が伊達ではないことを実感できる。運が良ければイワヒバリやオコジョと出会えることもある。

山小屋・宿泊施設

山頂直下の室堂平(標高2,450m)には2つの宿泊施設がある。「白山室堂ビジターセンター」は収容750名の大型山小屋で、事前予約制・現金払いのみ。「白山雷鳥荘」は個室対応の山小屋で、オンライン予約時にクレジットカード事前決済が可能だ。いずれも週末や連休は早期に埋まるため、計画が決まったら早めの予約が鉄則だ。南竜山荘はエコーラインを経由した先にあり、テント泊も可能。花の多い静かな場所を好む登山者に人気が高い。

1泊2日で登るなら初日に室堂まで上がり、翌早朝に山頂でご来光を拝むのが定番のスタイル。満天の星空と、北アルプスの稜線から昇る朝日は、日帰りでは決して味わえない体験だ。

アクセスと注意事項

登山口の別当出合へは、石川県白山市の市ノ瀬ビジターセンターから約6km。週末・連休を中心に市ノ瀬〜別当出合間はマイカー規制が実施されるため、市ノ瀬の駐車場に車を停めてシャトルバス(約15分)を利用する。

下山後の温泉は白峰の総湯がおすすめだ。「絹肌の湯」と称されるなめらかな泉質で、大人670円。登山の疲れを流すには十分すぎるほどの湯だ。

翠ヶ池とお池めぐり

山頂直下の翠ヶ池は、泰澄が九頭竜と対峙した伝説の池だ。夏でも雪渓が残り、エメラルドグリーンの水をたたえるその池は、1,300年前と変わらずそこにある。お池めぐりコースでは山頂周辺の8つのポイントを巡ることができ、千蛇ヶ池・血ノ池など、白山信仰にまつわる名を持つ池が次々に現れる。泰澄が感得した十一面観音を念じながら、その池を見下ろす登山者が今もいる。

画像:Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0
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