出羽三山――生まれかわりの旅、1,400年続く山岳修験の聖地
羽黒山・月山・湯殿山。現在・過去・未来を旅する巡礼の道は、江戸時代も現代も、人を変え続けている。
羽黒山 御拝殿 / 写真: Wikimedia Commons (CC BY-SA 3.0)
生きながら、死ぬ。そして生まれかわる。
1,400年以上前から、人々はそれを求めて山形の三つの山を目指してきた。羽黒山・月山・湯殿山。出羽三山は単なる登山の目的地ではない。現在・過去・未来を旅する、生と死の巡礼の場だ。
江戸時代には「西の伊勢参り、東の奥参り」と称され、江戸から15万人もの人々が歩いてこの山を目指したという。現代でも白装束をまとった山伏が山を駆け、宿坊には全国から巡礼者が訪れる。時代が変わっても、人が山に何かを求める本質は変わっていない。
1,400年前の開山伝説
593年、一人の皇子が都を追われた。
崇峻天皇が暗殺され、命の危険を感じた蜂子皇子は宮廷を脱出した。聖徳太子の助けを借りて難を逃れた皇子は、海を渡り出羽の国へとたどり着いた。そこで彼が出会ったのは、三本足の八咫烏だった。その烏に導かれるまま山へと入り、苦行の末に三山を開いた。それが出羽三山の始まりとされている。
以来1,400年以上、この山は修験者と巡礼者を迎え続けてきた。都の権力争いから逃れた皇子が開いた山が、やがて東日本最大の霊山となったのは、歴史の皮肉でもあり、必然でもあった。
三山それぞれの意味
なぜ人々は「生まれかわり」を求めたのか
江戸時代、出羽三山を目指した人々は何を求めていたのか。答えは単純ではない。自己変容や験力を得るために訪れる人もいれば、亡くなった方の供養や生命への感謝を伝えるために山に登る人もいた。
江戸時代は、戦乱が終わり平和が訪れた一方で、疫病・飢饉・身分の壁という重さの中で生きる時代だった。変えられない現実の中で、それでも「生まれかわりたい」という願いを持つことは、人間の本質的な欲求だった。白装束をまとって山に入り、苦行を経て戻ってくる。その儀式が「自分は変わった」という実感を与えた。
現代人も、出羽三山を訪れる理由は変わっていない。仕事の行き詰まり、人間関係の疲弊、喪失感。「リセットしたい」「何かを変えたい」という感覚は、江戸時代の庶民が感じていたものと本質的に同じだ。山という非日常の空間に身を置き、苦しさを経験し、戻ってくる。その構造が、1,400年変わらず人を引きつけている。
松尾芭蕉も求めた「死と再生」
松尾芭蕉の「おくのほそ道」は、死と再生の世界を求めた旅について記したものだ。出羽三山も旅の大きな目的のひとつだったと言われている。芭蕉が湯殿山を詠んだ句「語られぬ湯殿に濡らす袂かな」は江戸の庶民に広まり、出羽三山信仰に火をつけた。
日本を代表する俳人が、死と再生を求めてこの山を訪れた。その事実が、出羽三山の本質をよく表している。
精進料理と精進落とし――食もまた修行である
山に入る前、巡礼者たちは食事から変えた。手向の宿坊に宿泊し、心身を浄める「精進潔斎」を行う。そのときに振舞われるのが精進料理だ。食材のすべてが山の恵みを受けたもの。山菜・キノコ・木の実はもちろん、山から流れ来る水の恩恵を受けて育った野菜・米・果樹・酒に至るまで、すべてが出羽三山の恵みとされた。
御膳の上には、月山筍の煮物、ごま豆腐のあんかけ、山菜の天ぷら、きのこ料理が並ぶ。春先はワラビやこごみなどの山菜を中心に御膳は緑色に染まり、秋にはきのこ色、冬には保存しておいたものが並ぶ。その日その時の旬のものによって作られる御膳は、まさに一期一会だ。
そして下山後には「精進落とし」がある。三山を巡り終えた参拝者は、三山ゆかりの温泉につかって俗世に戻り、地酒や旬の食材、海の幸で今を楽しんだ。「詣でる、つかる、いただきます」という流儀は、江戸時代から続く鶴岡の旅文化として今も受け継がれている。苦行の後に美食と温泉が待っている。その構造が、庶民を出羽三山に引きつけた理由のひとつでもあった。
現代の出羽三山・巡礼の旅へ
今も出羽三山では、現役の山伏が修行を続けている。一般参加できる「山伏修行体験塾」では、白装束をまとい、滝行や山駆けを体験することができる。江戸時代の庶民が求めたものを、現代人も同じように体験できる場が残っている。
巡礼の正式な順序は、羽黒山(現在)→月山(過去)→湯殿山(未来)。三山を一度に巡る「三山詣で」は2〜3日かかるが、羽黒山だけでも十分に出羽三山の神髄に触れることができる。
羽黒山の麓・手向地区には今も28軒の宿坊が現存し、山伏が営む宿で精進料理を味わうことができる。一泊二日で宿坊に泊まり、翌朝早く石段を登る体験が特におすすめだ。
湯殿山は本宮エリアが撮影禁止・土足禁止。「語るなかれ、聞くなかれ」の掟は今も守られている。訪れる際は心の準備をしていくとよい。
2,446段の石段を登り切ったとき、何かが変わった気がする。それは気のせいではないかもしれない。1,400年間、無数の人々が同じ石段を踏んできた。その重みが、足の裏から伝わってくる。
