「先頭の人が異変に気付いてから、噴石が飛んでくるまで5秒くらいだった」

2014年9月27日午前11時52分。紅葉シーズンの晴天に恵まれた週末、昼食に差しかかる時間帯。御嶽山の山頂付近には多くの登山者がいた。噴火警戒レベルは1、最も低い数字だった。警告は何もなかった。

水蒸気爆発が発生してから、すべてが終わるまでに時間はかからなかった。死者58名、行方不明者5名、負傷者61名。戦後最悪の火山災害は、何の予告もなく、最も人が多い瞬間に起きた。

あの日の御嶽山

9月末の御嶽山は、登山者に愛される季節だった。標高3,067mの山肌を彩る紅葉、澄んだ秋の空気。週末の好天が重なり、山頂付近には多くの人が思い思いの時間を過ごしていた。昼食をとる者、写真を撮る者、山頂を目指して歩く者。

その日、噴火警戒レベルは1だった。気象庁が定める5段階のうち最も低い数字で、「活火山であることに留意」という意味に過ぎない。避難勧告はなく、注意報もなく、誰も火山の脅威を意識していなかった。

午前11時52分、地獄谷付近から突然、噴煙が上がった。

5秒間の地獄

生き延びた登山者たちの証言が、あの瞬間を伝えている。

「最初は神事の太鼓やたき火のように見えた。でも煙の勢いがすごくて。目の前の山荘を覆う入道雲のように迫り、石が飛ぶのも見えた」

逃げようにも、時間がなかった。噴石は音速に近い速さで飛んでくる。岩陰に飛び込んだ者、山小屋の扉を開けた者、とっさに身を低くした者。生き残れたかどうかは、その瞬間にどこにいたか、何が近くにあったかによって決まった。

「サウナのように空気が熱く、硫黄臭がきつかった。焼け死ぬか、窒息死か、石が当たって死ぬのか。3分くらい耐えただろうか。突然、冷たい風が吹いてきた」

生還した登山者はこう言った。「犠牲者との違いは運だった。たまたま隠れる岩があって、物置の扉が開いていた」。その言葉に、言い訳も慰めも含まれていない。ただ、事実として、そこに運があった。

あの日、そこにいた人たち

一人の男性は、9月に入ってから気象庁のホームページで御嶽山の地震が活発になっていることを確認していた。少し気になった。しかし噴火警戒レベルは1だった。それを確認して、登山を決めた。

6人のグループで山頂付近を歩いていたとき、仲間の一人が「何だあれ」と声を上げた。振り返ると、噴煙が上がっていた。小さな噴石が頭に2〜3個当たった。近くの岩陰に飛び込み、右腕で頭を守り、左手で口を覆った。最初は臭いも熱さも感じなかった。しかし瞬く間に、硫黄の臭いと熱風が迫ってきた。この男性は生き延びた。岩陰があった。それだけの違いだった。

もう一つの話は、山に残されたままの人の話だ。

仲間2人と入山した49歳の男性は、噴火発生地点とみられる八丁ダルミで巻き込まれたとされている。噴火から6時間後まで、弟は兄と電話で連絡を取り合っていた。声が聞こえていた。生きていることがわかっていた。それでも、たどり着けなかった。

その後、息子を探しに御嶽山を訪れた父親が、帰途に心筋梗塞で亡くなった。78歳だった。噴火は、山の上だけで終わらなかった。

噴火警戒レベルの盲点

御嶽山の噴火が特に衝撃的だったのは、「安全」とされていた山で起きたからだ。

水蒸気爆発は、地下水がマグマの熱で急激に気化して起きる現象だ。マグマ噴火と異なり、前兆となる地震や地殻変動が極めて少ない。観測データに異常が現れにくく、現在の技術では予知が著しく困難だとされている。噴火警戒レベル1は「危険ではない」という意味ではなく、「観測上は異常が見られない」という意味に過ぎない。

この事実を知っていた登山者は、あの日どれだけいただろうか。気象庁や行政を責めることは簡単だ。しかし予知できない自然現象に対して、完全な警告を出すことには限界がある。大切なのは、登山者一人ひとりが「活火山に登っている」という意識を持つことだ。御嶽山は美しい山だ。だがその足元には、今もマグマが眠っている。

行方不明者と家族

御嶽山は残雪期になると捜索が打ち切られる。雪の下に眠ったままの方が、今もいる。谷川岳で30年後に白骨遺体が発見されたように、山は時として長く、人を抱え込む。

行方不明になると家族が背負うもの

行方不明になるということは、死亡とは異なる。遺体が見つからない限り、法律上は「生きている人間」として扱われる。生命保険は支払われず、保険料だけが発生し続ける。住宅ローンの団信も適用されない。本人名義の銀行口座は凍結も解約もできない。残された配偶者は再婚すらできない。

登山届を提出して遭難した場合は「特別失踪」として扱われ、危難が去ってから1年で失踪宣告の申し立てができる。しかし登山届がなければ「普通失踪」となり、7年間の生死不明が必要になる。登山届があるかないかだけで、家族が背負う年数が最大6年変わる。

火山に登るときに知っておくべきこと

御嶽山の教訓は、「火山には登るな」ではない。正しく知り、正しく備えて登ることだ。

火山登山のチェックリスト

ヘルメットを必ず着用する。御嶽山の犠牲者の多くは、噴石による頭部への直撃が致命傷だったとされている。ヘルメット1つが、命を左右する。

噴火に気づいたらすぐに山小屋・岩陰へ。噴石は5秒で飛んでくる。立ち止まって考える時間はない。事前に避難場所を確認しておく習慣が命を守る。

火山ガスへの対処。ガスが充満している場合は、タオルや衣服で口を覆い、風上に向かって移動する。

噴火警戒レベルを過信しない。レベル1でも水蒸気爆発は起きる。活火山に登る以上、常にその意識を持つ。

登山届を必ず提出する。それは自分のためだけでなく、残される家族のためでもある。

御嶽山は今も美しい。毎年多くの登山者がその山頂に立ち、雄大な景色を見ている。2014年9月27日のことを胸に刻みながら、それでも山を愛する人たちがいる。その姿が、亡くなった58名への、一つの答えだと思う。